katakuruの日記

しゃべり下手のおじさんが、太らない習慣を手に入れた方法を干からびるまで絞り出します。たまに育児を筆頭にした雑感も愛を持って書きます。

公私混同はなぜ起こるのか[日本と欧米の「個」の違いから考える]

カルロス・ゴーン

横領、セクハラ、インサイダー取引その他汚職の類は引いて見ればすべて公私混同がなすコンプライアンス違反である。カルロス・ゴーン氏の金融商品取引法違反などが良い例になるかも知れない。

また犯罪発生率が低くトップ3の治安を誇る日本が、汚職の発生率ではトップ18位と、治安の良さの割には汚職の類だけは多いのだ。この理由は何なのか。

 

私は、調和を重視する文化・民族性を考えれば説明出来ると考えている。

 

 

なぜ公私混同は起こるのか。

なぜ公私混同は起こるのか

冒頭で調和を重視するマインドが公私混同を起こしやすいと提起した。このマインド下では、おおやけと個人の境目が曖昧になってしまうと考えたためだ。

とくに日本は仏教に影響されている。仏教の「個」に対する考え方は、信仰心が薄くても文化の中から自然と日本人の行動に反映されている。公私混同の起きる理由を知るのに、私(=個)のあり方をはっきりさせる必要がある。

 

日本の個の考え方

 個の存在はあるようで実は無く、必ず何かしらのつながりの中に個は存在する。

今自分がコーラを飲むのはある人に出会った影響かもしれなくてその人にはまたある人のおかげで出会ったかも知れない。それらは自分が学生時代に所属した部活で知り合い、その部活には入ったのはまた別のある人の助言によるかも知れない。そもそもコーラを作ったのも売ったのも人である。

個は個のようで、調和なしに個は存在しえないということである。

その影響か、日本における個は何かしらの団体に所属し、所属意識が強い。個を自立した個として考えるというよりもなにかに所属した個として振る舞う。所属する何かというのは一つではなく幾重にも重なった色々な大きさの円が重複した部分が該当の個である。数え切れないような無数のつながりで個はバランスを取っている。 

 

個の組織内外での振る舞い方に日本の公私の複雑さを見る

 日本での個は、知らずしてその所属(属性)というカテゴライズされた振る舞いをなしてしまう。会社員としての彼と近隣自治会の彼と世帯主の彼では同一人物でも振る舞い方をわざわざ変える傾向がある。責任は自己にあるようにみえて組織として見られるからである。属性と個は切り離されることはない。これは公と私に明確な区別がないということと同義となる。

「公」に対する「私」は、すなわち「外」に対する「内」である。しかし、「所属内」と「所属外」を比べると「所属内」が「私」であり「所属外」が「公」となる。これでは、個の所属先が個にとっての公なのか私なのか、条件によって切り替わってしまい公私の区別が曖昧になってしまう。ここで前提を繰り返すがこの曖昧さは調和を重視している思考ゆえ生まれていることを忘れないでいただきたい。

 

日本の個イメージ

欧米の個

 欧米の個を説明するためにあえて対立させて扱わせていただくが日本の調和と欧米の自由は、個を考える上で対立関係にある

 

自由をどう定義するか
  • 個を個としてみとめることが自由
  • 制限のないことが自由

とこんなところだろうか。別の記事でも書いた内容だが、個を個として厳密に扱うためにかえって自己責任の色合いを濃くし、落ちぶれた人に手を差し出すことも心を寄り添わせることもしない。正確には「それを善しとしない」と言った方が良い。個を個として認める意味合いの「自由」は、一人一人が単体で自立することが前提とされ、それが出来なければ生き残れない実力社会のベースとなる考え方である。個は自立し、個の振る舞いは所属先とは切り離されてなされるし、外からの印象の決定や評価も所属とは無関係になされる。つまり自己責任主義の色合いが日本より濃い。

 

 

 

日本と欧米の公私混同(個に対する考え方が日本と欧米で大きく違う)

日本と欧米の公私混同


日本では調和を自然と重視してしまうため公私の境目があいまいになり、公私混同は起きやすいと思われる。

しかし欧米は日本のそれに比べて公私混同による汚職等が少ないが、絶対数で少ないわけではない。

 

この理由を知るため、欧米で個と公が重なる場合を考えねばならない。

個人がある組織の重要なポストについた場合である。重要なポストの人間を表現するのにその所属の比重は当然大きくなる。組織中で重要なら重要なほどそう言えるし、組織自体が大きければ大きいほど同様である。外や内からの評価や自意識により公と個に明確な線引きがしにくくなる。

 

これが私の考える欧米の公私混同が生まれやすくなるメカニズムであり、日本がその犯罪率の割に汚職の発生率の高い理由である。

 

最後に 

文化的に公私の線引きが不明瞭となることに慣れていない欧米こそ重要なポストについたときの公私混同を自覚するに至りづらい。そのためカルロス・ゴーン氏の巨額の私的流用に自動ブレーキが作動しなかったのではないだろうか、というのが私見である。

 

 

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