katakuruの日記

しゃべり下手のおじさんが、太らない習慣を手に入れた方法を干からびるまで絞り出します。たまに育児を筆頭にした雑感も愛を持って書きます。

おばさんはなぜ一人ずつしゃべらないのか?

ファミレスや公園や、電車の中でおばさんの集団を見かけたことがあるだろう。テンション高く嬉しそうに常にしゃべっている。

我々男性から見ると、会話をしているようには見えない。全員が同時に、餌を求めるひな鳥のように、口から音を鳴らし続けているだけのように見える。

 

なぜあんなにも途切れることなく全員の声が鳴り続けているのか?コミュニケーションとして成り立っているのか?

 

目次

 

なぜ一人ずつしゃべらないのか?

 

おばさん

おばさん集団のピーチクパーチクに耳を澄ませてよく聞いてみると、一応の秩序が存在するのが分かる。その時々できちんと「話し手」と「聞き手」に分かれているのだ。驚きである。

一人がしゃべり、その他は相槌している。聞き手側の数人のおばさんそれぞれが、まるで話し手かのような音量ではっきりと尺のセンテンスで相槌をしていることを、私はなんとか捉えることができた。

聞こえてくる声のほとんどが、相槌なのである。

 

 

相槌が長すぎるため

考えてみれば欧米でいうと、相手の話を集中して聞き、相槌は極力入れないというのが、相手の話の腰を折らないためのマナーという考え方がある。

おばさんのそれは真逆を行く行為である。日本人であるから、それがマナー違反だとか失礼な行為だとかは思う必要はないと思うが、これほどまでに真逆なことなのに快適に行われているのは不思議である。

 

女性の相槌はちょっと鬱陶しいこともある

 
やはり欧米では嫌われることだけあって、相槌を入れられる事は賛否分かれる。ちなみに私は、自分が話している時に相槌を入れられると、それが気になってしまい話を伝えることに集中できなくなってしまう。サンドウィッチマンやさまぁ~ずのコントなどのネタで、話をしている最中に「ウンウンウンウン」と細かい相槌を入れられ、「そういうやつ嫌いなんだよ」というツッコミを入れるのを見たことがあるが、これは大半の男性が何らかの不快感を覚えているためある種のあるあるネタのような効果で笑いを誘うのだと思う。ブレるのであまり言いたくないが、上手な相槌の女性もいる。この場合はむしろ話し手は話しやすい。

 
女性は若い人でも相槌を入れたがる。かなり食い気味に「ウンウンウンウン」がスタートし、話し手のセンテンスの大半と平行して進んでいく会話をよく耳にする。例えば30文字のセリフに対しては、後半18文字くらいはウンウンウンウンが被っている。本当に話の内容が頭に入っているのだろうかと疑問に思うが、おそらく大きなお世話であろう。コントや漫才の例の件は、日常の中に本当にあるのである。

 

女性同士の会話では否定がない

女性と男性の会話の違いとしてよく言われることがある。女性は共感が、男性は問題解決が会話のエネルギーであると。女性は会話を共感のために行っていると言え、そのためには否定していては気持ちのいい会話は出来ないはずだ。

女性が共感を示すために相槌を行っているとすれば、相槌の頻度や熱量は男性のそれより増えるのは当然だ。

 

歳を重ねると、変わってくるのか

相槌は相手が気持ちよく話せるために行うものである。

「そうですか。さぞ嬉しかったでしょう。」

「へえ、どの位続けてらっしゃるんですか。」

など、聞き手が聞きたいことを引き出すのと同時に、話し手が満足出来る会話になるように入れ込むのが上手な相槌だと思う。

しかし、おばさん方の会話を聞いていて気づくことがあった。

聞き手の相槌によって話し手の話の流れは誘導されていない。効果的な相槌がなされてないようなのだ。

「うちの孫はどうだったかしら。」

「私は昔ずいぶん前に止めちゃったわ。」

など、相手の話に沿った相槌ではあるのだが、自分の話を含んでしまっている。会話の流れによってはそれが最適な話の展開であることもあるが、流れが変わっていない以上、話し手の求める相槌ではない。そこに私が感じ取ったのは、聞き手が一つの相槌をきっかけに主導権を握ろうとしているような気配である。

その結果なのか、話し手は相槌を聞かなくなっており、全員が長尺センテンスを放ち合うだけの時間が流れる。

 

おばさんになると心理的な変化があるのだろうか。「不安感や喪失感」「自尊心」「欲求不満」など複雑な心理状態になっていて、自分本位の発言ばかりになってしまうのかもしれない。また、おばさんは経験を積んできている存在である。知識で他人に依存する必要性があまりなく自信がついている。相手の話に興味が出なくなり、自分の話をするのに熱心になってしまうようにもなるのではないだろうか。

 

おばさんになると良くも悪くも、自分が一番になってしまうのだろう。

 

まとめ

おばさんは、自分語りを滲ませた相槌によって会話のイニシアチブ奪取を企て、その自尊心により相手の話も自分への相槌すらも聞こうとしなくなるために、一人ずつしゃべらないのである。

でも悪気はない。長い年月をかけて日本を守って来てくれた自信たっぷりのおばさん方に感謝しよう。

 

にほんブログ村 健康ブログ 健康的な生活へ
にほんブログ村